「世代をこえる家代々の宝物」
不朽の名作を不朽のジュエリーに

尾形光琳/燕子花

尾形光琳/燕子花図

尾形光琳(おがたこうりん)

17世紀後半から18世紀にかけて主に京都や江戸(東京)で活躍した琳派を代表する絵師です。雅で優美な伝統(古典)を感じさせる大和絵的な描写の中に、斬新な構図や画面展開を取り入れ、明瞭かつ装飾的でありながら革新的な独自の様式を確立しました。その革新性の高い独自の様式は、当時最大の画派であった狩野派とは一線を画し、今なお琳派最大の絵師のひとりとして高い評価を得ています。江戸時代前半の巨匠俵屋宗達とは直接的な師弟関係は無いものの、光琳が手がけた宗達の傑作『風神雷神図屏風』などの模写が残されることからも、宗達の画法も学んだとされています。また光琳は屏風絵のほか、香包、扇面、団扇、小袖、蒔絵、晩年には水墨画なども手がけていたことが明らかとなっており、その生涯中の制作は多岐にわたっています。

琳派最大の巨匠のひとり尾形光琳が40代前半頃(44~45歳頃とする説が有力視されている)に手がけたとされる傑作、国宝『燕子花図屏風』。本作は平安時代に成立した、最も著名な日本の歌物語のひとつ伊勢物語(著者不明)の第九段「八橋」の場面を描いた作品で、光琳は生涯中しばしば、この燕子花を意匠とした作品を手がけていることが知られているが、本作はその中でも随一の代表的作品としても名高い。伊勢物語では、三河国の八橋(現在の愛知県知立市八橋町近辺。水が蜘蛛の手のように分かれて流れているために、八つの橋を渡したことから八橋と名付けられたとされている)の沢のほとりに燕子花(カキツバタ)が美しく咲いていたと記されているが、本作ではその美しく咲く燕子花のみに主点を置いて「八橋」の場面が描写されている。金地に栄える群青(燕子花の花部分)と緑青(燕子花の茎草部分)の軽妙明快で清々しい色彩、画面の中で心地よい旋律を奏でるかのような、律動的に配される燕子花の群生、そして、その燕子花の左隻と右隻での構図的対比の美しさは観る者の目を奪うばかりである。さらに平面的でありながら、橋を排した燕子花のみというシンプルな構成であるからこそ引き立つ、金地の余白の無限的空間の広がりや奥行き感は、光琳だからこそ成し得た美の世界観そのものである。また燕子花一束ごとの形状の(ほぼ同様な)類似性に、型紙の使用も指摘されている。なお光琳は本作を手がけた約10年後に、同主題を題材にした『八ツ橋図屏風』を制作している。

尾形光琳/燕子花図 作品情報

【使用している主なジュエリー】

・アマゾナイト(天然アマゾナイト)

・ラピスラズリ(天然ラピスラズリ)

・ソーダライト(天然ソーダライト)